

今日はオレの 胃ろう論 であります。
これは、昨年、月刊ケアマネジメント3月号に掲載されたもの
悩みに悩んだ決断
「母はシッカリ生きている」
そのままの文面でアップさせてもらっていますが、
あれから約1年が経過し、年齢等の変化はあります。
では、長文になります。
♩♪♫♬
アルツハイマー病と母が確定診断されてから8 年半が経過した。母・和子は84歳になり、私もこの2月で55歳となった。8年半、認知症混乱期は介護地獄もさまよったが、今日まで母と私、寝食を共にしながら踏ん張って生きてきた。
そんな私達母子二人にとって、今が一番、穏やかで長閑な時間が経過していることは間違いない。
母が病を患う以前、母と私には心の距離があった。心を裸にして話し合ったという思い出がないのだ私には。それは、母にも共通していたと想像できる。その距離をこっぱみじんにしてくれたのが、正に胃ろうだった。母が愛おしくて仕方ない存在になったのは、矛盾しているようだが母が言葉を失い、なにもかも私の手が必要になってからだから。私が経管栄養を胃に入れないと、母は逝く。生殺与奪権は正に私の手中であるけれど、ここまで来る過程を乗り越えたからこそ愛おしい。愛おしいからこそ、まだまだ一緒にいたい。
■食事介助に1 時間半深夜もむせる恐怖
「母に胃ろうを造設しよう」
そう私が決断したのは、一般的な経過を辿る以前の決断だった。
私が知る限り、誤嚥性肺炎を発症した後に胃ろうに踏み切る介護者がほとんどだ。もっとも、誤嚥性肺炎という病を認知してない介護者もいるから、肺炎と語彙が含まれている言葉を聞いてビックリ仰天。それもそうだ。誤嚥性肺炎が忍び寄ってくる頃、ほとんどの介護者が1 時間、いや1 時間半から2 時間を費やして被介護者に食事をさせる。むせること頻繁。被介護者の口から朝食が、昼食が、そして夕食がむせと同事に飛び散ること日常。イライラも募るが、忍耐と我慢でゆっくりゆっくりトロミ食等を被介護者の口に運ぶ。その挙げ句が誤嚥性肺炎。努力と忍耐の結果は、それに比例しないのだ。
私も他の皆さん同様、毎食1時間半ほどを割いて食事をさせていた。喉ごしが良かったのは、スーパーのお惣菜コーナーで買ってきたお好み焼きに白湯を少し落とし、ミキサーで粉砕した粉砕食。これには随分と助けられた。紙幅に限りがあるので、トロミ食と粉砕食は基本的に異なることだけ追記しておく。オットット! この原稿が掲載されるのは、月刊ケアマネジメントだった。失礼!
母もむせた。むせは食事どきだけではなくなった。特に、深夜のむせは恐かった。田舎だから世間も眠っているのだ。どこもかしこも眠っている最中、チアノーゼが出るほどにむせることもあった。吸引器も購入し、友人の看護師から実技指導も受け実践するも、母の鼻から出血。管を鼻から通し吸引・吸痰するということは素人には難しい。
こんな背景があったから、水分補給もままならない。脱水症状から腎盂腎\炎を患い入院。最初の入院直前、発熱は39度8分まで上昇。こんな経過を2度繰り返し、デイサービス2カ所からも緊急時対応できないことを理由に断られてしまう。しかし、まだ誤嚥性肺炎にまで至ることはなかった。
考えた。悩んだ。恥ずかしながら涙も落とした。
一応、私も介護ライターの端くれに位置している者。誤嚥性肺炎の恐怖は承知していた。
「このまま続けていたら、間違いなく誤嚥性肺炎になる」
この結論を出してからの私は迅速に動いた。誤嚥性肺炎防止。やるべきことは、胃ろうという決断から実践へ。往診医である主治医に相談した約10日後、母のお腹に胃ろうが造設された。
■胃ろう造設 = 悪なのか? 否、母を守るのは自分
母が胃ろうを造設してから3年と半年が経つ。十年一昔という例えは、胃ろうの世界でも死語となってしまった。つまり、「胃ろう造設するということ」に対しての世間の評価が3 年半前とは全く異なってしまったのだ。まるで、胃ろうを造設することが過ちでも犯してるかのようなマスメディアの報道。私なりに言わせてもらえば、胃ろう造設=悪。ここまで想像させられるほどの偏向報道が、これでもか、これでもか、と。
例えば、「私は胃ろうは絶対にしません。延命などして欲しくはないのです」という一筆を書いてる人が紹介される。詳細があって、トドメは、「認知症になって自分の意思が伝えられなくなったとしても、これを書いておけば人間らしく死ねますから」
逝く場所が、自宅であっても施設であっても、自分の意志を貫く死生観。エライ! と私も思う。そのエライ方々の声ばかりが大手メディア記事内で闊歩する。しかし、胃ろう造設した被介護者、胃ろう造設した被介護者を介護する者にとっては目を塞ぎ、耳を覆いたくなる。
そして黙考してしまう。
「胃ろうしたことは良くなかったのだろうか?」
そんなことはない。胃ろう造設。皆、悩みに悩んだはずの決断だったはず。
「まだ、誤嚥からの肺炎もしていないのに胃ろうなんて頑張りが足りない」
無視。母を守るのは私なのだから。
ここで断りを入れておく。私がここに記していることは私個人の感情論にすぎない。が、胃ろうを含め、在宅で介護するということは感情に支配されての結果実践であることは否めないはずだ。医療費負担云々等、天下国家からの視点は専門家に任せたい。
さてと、そろそろ締める。3年半が経過した今。寝たきりの母は失語し、白内障も手遅れから失明している状態。両腕は拘縮し胸に貼り付いているかのようだ。自身で寝返りも打てない。最近は、両脚が内側に拘縮し始め、オムツ交換も簡単ではなくなった。
それでも、母は欠伸をする。クシャミもする。放屁は頻繁。これが母のコミュニケーションツールだ。言語に変換すると、眠い。寒いなあ。ウンコがもうじき出るよ。その一つひとつが生きている証だ。その証が、私には愛おしくてしかたないのだ。結論。母はシッカリと生きている。
胃ろうのチカラを借りながら。
posted by noda-akihiro at 01:06|
練習